SCAMPER法を用いたブレインストーミング:発想を広げる具体的なステップと認知科学の視点
アイデア発想を助ける具体的なフレームワーク
創造的なアイデアを生み出すことは、多くの人にとって時に難しい課題です。漠然と「新しいアイデアを出そう」と考えても、どこから手をつけて良いか分からず、発想が停滞してしまうことは少なくありません。このような状況を打破するためには、発想を構造化し、思考を刺激するための具体的な「手法」が有効であると考えられます。
この記事では、創造的な思考を促進するブレインストーミング手法の一つである「SCAMPER(スキャンパー)法」に焦点を当てます。SCAMPER法は、既存のアイデアや製品、サービスなどを改良したり、全く新しい発想を生み出したりするために考案されたチェックリスト形式の技法です。単にその手順を追うだけでなく、なぜこの手法が私たちの発想を刺激するのか、その背後にある認知科学的な視点も交えながら解説を進めてまいります。
SCAMPER法を理解し、実践することで、あなたのアイデア発想プロセスがより体系的になり、創造的なブレークスルーのヒントを得られることを目指します。
SCAMPER法とは何か
SCAMPER法は、以下に示す7つの思考の切り口の頭文字を取ったものです。ある対象(製品、サービス、プロセス、アイデアなど)に対して、これらの切り口から質問を投げかけることで、多角的な視点から発想を広げようとします。
- S - Substitute (置き換える)
- C - Combine (組み合わせる)
- A - Adapt (応用する)
- M - Modify / Magnify / Minify (修正する / 拡大する / 縮小する)
- P - Put to another use (他の用途に使う)
- E - Eliminate (排除する)
- R - Reverse / Rearrange (逆にする / 並べ替える)
この手法は、デザイナーであり教育者でもあるボブ・エバール氏が、オズボーン(ブレインストーミングの提唱者)のチェックリストを発展させて提唱したものです。特定の課題やテーマに対し、これらの観点から意図的に思考を巡らせることで、普段は気づかないようなアイデアや可能性を引き出すことが期待できます。
各要素と認知科学的な視点
では、SCAMPERのそれぞれの要素が具体的にどのような問いかけを含み、それがどのように私たちの認知機能に働きかけるのかを見ていきましょう。
S - Substitute (置き換える)
- 意味: ある要素を別の要素に置き換えることはできないか、という視点です。材料、人、場所、プロセス、コンセプトなどを変えて考えます。
- 具体的な問いかけの例:
- この製品の材料を別のものに置き換えるとどうなるか
- このサービスの提供者を別の組織に置き換えるとどうなるか
- この会議を別の場所で行うとどうなるか
- 認知科学的な視点: 既存の知識や経験(スキーマ)は、特定の要素の組み合わせとして固定化されていることがあります。要素を意図的に置き換えることは、この固定化されたスキーマに揺さぶりをかけ、新しい関連性や構造を探索することを促します。これは、既知の情報をもとに未知の情報を類推する「類推思考」にもつながります。
C - Combine (組み合わせる)
- 意味: 複数の要素やアイデア、機能などを組み合わせて、新しいものを生み出す視点です。
- 具体的な問いかけの例:
- AとBの製品の機能を組み合わせたらどうなるか
- このサービスに別の業界のビジネスモデルを組み合わせることはできないか
- 複数のアイデアの一部を組み合わせて新しいアイデアを作ることはできないか
- 認知科学的な視点: 脳内の情報はネットワーク状に結びついています。創造的なアイデアは、しばしば既存の異なる情報の断片が新しく結合することで生まれます。この「組み合わせる」プロセスは、脳の情報ネットワーク内での新しいリンクの生成や、既存のリンクの強化を意図的に促す作業と言えます。これは、情報や概念を統合する認知機能の働きを活用しています。
A - Adapt (応用する)
- 意味: 既存のアイデアや解決策を、別の状況や目的に応用できないか、という視点です。
- 具体的な問いかけの例:
- 別の分野で成功した技術をこの問題に応用できないか
- 過去のプロジェクトで使った方法を今回の課題に応用できないか
- 自然界の現象からヒントを得て応用できないか
- 認知科学的な視点: ある特定の状況で学んだ知識やスキルを、別の状況でも使えるようにする能力を「転移(transfer)」と呼びます。応用するという思考は、この転移能力を意識的に活用しようとします。既知のパターンを新しい状況にマッピングし、修正を加えながら適用することで、効率的かつ新しい解決策を見つけ出すことが可能になります。
M - Modify / Magnify / Minify (修正する / 拡大する / 縮小する)
- 意味: 対象を修正したり(形、色、音など)、量やサイズ、頻度などを拡大・縮小したりする視点です。
- 具体的な問いかけの例:
- この製品の形状を修正するとどうなるか
- サービスの提供規模を拡大するとどうなるか、あるいは縮小するとどうなるか
- 特徴的な要素をもっと強調(拡大)したり、逆に目立たなく(縮小)したりするとどうなるか
- 認知科学的な視点: 私たちの注意は、特定の側面やスケールに偏りがちです。対象の特性を意図的に修正したり、拡大・縮小して観察したりすることは、普段見過ごしている細部や、全体像の中での比率や重要性の変化に気づくことを促します。これは、情報の焦点を調整し、異なる粒度で物事を認識する認知的な柔軟性を養うことにつながります。
P - Put to another use (他の用途に使う)
- 意味: 対象を本来の用途とは全く異なる別の用途に使えないか、という視点です。
- 具体的な問いかけの例:
- この素材を建築材料ではなく、衣料品に使えないか
- この技術を医療分野ではなく、教育分野に応用できないか
- 使い終わった容器を別の目的で再利用できないか
- 認知科学的な視点: 特定の対象や物が本来持っている機能や用途に縛られてしまうことを「機能的固着(functional fixedness)」と呼びます。例えば、ドライバーはネジを回すものだと固着していると、他の用途(例えば重りとして使うなど)に気づきにくくなります。「他の用途に使う」という視点は、この機能的固着を意図的に乗り越えようとする試みです。対象をその本来の文脈から切り離し、異なるカテゴリーや状況の中で再評価することで、隠れた可能性や潜在的な価値を発見することを促します。
E - Eliminate (排除する)
- 意味: 対象から何かを排除したり、取り除いたり、単純化したりする視点です。
- 具体的な問いかけの例:
- このプロセスから不要なステップを排除できないか
- この製品から特定の機能をなくすとどうなるか
- コストや時間を削減するために何を排除できるか
- 認知科学的な視点: 情報が多すぎると、本当に重要なことや問題の本質が見えにくくなることがあります。要素を排除したり単純化したりすることは、情報のノイズを取り除き、よりシンプルで本質的な構造や機能に焦点を当てることを助けます。これは、注意の選択と維持、および情報のフィルタリングといった認知プロセスを効果的に利用することにつながります。また、制約を設けることで、かえって創造性が刺激されることもあります。
R - Reverse / Rearrange (逆にする / 並べ替える)
- 意味: プロセスを逆にしたり、要素の順序や配置を並べ替えたりする視点です。
- 具体的な問いかけの例:
- サービスの提供順序を逆にするとどうなるか
- 要素の配置を全く異なるものに並べ替えるとどうなるか
- 役割分担を逆転させるとどうなるか
- 認知科学的な視点: 私たちは、物事の順序や関係性に関して固定的なメンタルモデルを持っていることがあります。これらのモデルを意図的に逆転させたり、並べ替えたりすることは、既存の枠組みや前提を揺るがし、非日常的な視点から物事を捉え直すことを促します。これにより、普段の思考パターンでは決して思いつかないような、新しい関係性や可能性を発見する機会が生まれます。
SCAMPER法を効果的に実践するために
SCAMPER法は強力な発想支援ツールですが、最大限の効果を引き出すためにはいくつかのポイントがあります。
- 具体的な対象を設定する: 漠然としたテーマではなく、特定の製品、サービス、プロセス、あるいは解決したい具体的な問題に対してSCAMPERの質問を投げかけることが重要です。対象が明確であるほど、具体的なアイデアが出やすくなります。
- 遊び心を持って取り組む: 真剣になりすぎる必要はありません。それぞれの問いかけに対し、最初は突飛に思えるようなアイデアでも自由に発想してみましょう。批判はせず、まずは量を目指すブレインストーミングの基本原則を思い出してください。
- 一人でもグループでも: SCAMPER法は一人でじっくり考えるのにも適していますし、グループで異なる視点を持ち寄って行うことで、さらに多様なアイデアを生み出すことも可能です。
- 記録を残す: 出てきたアイデアは全て記録しておきましょう。後で見返した時に、別のアイデアと組み合わせたり、さらに発展させたりするヒントになることがあります。
まとめ
SCAMPER法は、「置き換える」「組み合わせる」「応用する」「修正/拡大/縮小する」「他の用途に使う」「排除する」「逆にする/並べ替える」という7つの切り口から、私たちの思考を意図的に刺激するブレインストーミング技法です。
これらの各要素は、単なるチェックリストではなく、私たちの認知機能、例えばスキーマの破壊と再構築、情報の結合、知識の転移、注意の焦点調整、機能的固着の克服、情報のフィルタリング、メンタルモデルの再構成といった働きを意識的に促すものです。
SCAMPER法を実践することは、具体的なアイデアを生み出すだけでなく、私たちの認知的な柔軟性を高め、発想力を鍛えるための訓練にもなります。ぜひあなたのアイデア発想プロセスに取り入れて、創造的な可能性を広げてみてください。